『鬼平犯科帳』の舞台・深川を巡る自転車ツアー

『鬼平犯科帳』の世界を、自転車で巡ってみませんか?

江戸時代、輸送の主力は舟。町には無数の堀割(運河)が張り巡らされました。その姿は、まさにイタリアのベニスのごとく。物だけでなく、人々も、舟を日常の足として使っていたのです。そのほとんどは、1964年の東京オリンピックと前後して、埋め立てられたり、暗渠になってしまいました。しかし今、災害時の輸送路として、またレジャーの場所としての川や運河が見直されています!

江戸の川や運河は、池波正太郎の時代小説『鬼平犯科帳』にも頻繁に登場します。金蔵から盗んだ金品を舟に乗せて逃げる盗人を、鬼平率いる火付盗賊改方も舟で追う。江戸中にめぐらされた水路の上で、迫力の捕り物が繰り広げられるシーンも少なくありません。池波正太郎自身、当時の江戸を、

深川は、江戸の水郷といってよく、掘割が縦横にめぐっていて、「当時の深川は、イタリーのベニスに匹敵する」などという人もいる。(「座頭・徳の市」より引用)

と書いています。江戸の水のネットワークに関する池波氏の知識が、物語をより豊かにしているのです。

このツアーでは、物語に登場する川、料亭、橋などのモデルとなったスポットを自転車で訪問しながら、『鬼平犯科帳』の世界を体感していただきます。

●立ち寄りポイント

01 山谷堀

現在は埋め立てられて山谷堀公園となっていますが、江戸時代は、大川(隅田川)と吉原を結ぶ掘割(運河)でした。豊かな武士や商人は、浅草で観劇や食事を楽しんだ後、女性を求めて舟で吉原を目指したそうです。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 山谷堀
秋は紅葉、春は桜が咲き乱れます

ツアーでは、自転車でこの山谷堀に沿って走りながら、江戸時代の情景を思い浮かべてみましょう。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 山谷堀 吉原
吉原遊びに欠かせなかったのが、山谷堀の舟でした

02 待乳山聖天と「池波正太郎生誕の地」碑

『鬼平犯科帳』に頻繁に登場する待乳山聖天は、夫婦和合と商売繁盛のご利益があるとされている寺院です。自分の中に悪い念が生まれた時、境内にある大根にその念を込めて奉納することで邪気が払われ、夫婦、そして家族に円満をもたらします。また本堂に見られる巾着は、商売繁盛をもたらすシンボルです。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 待乳山聖天
浴油祈祷(よくゆきとう)でも知られる待乳山聖天

『鬼平犯科帳』の作家、池波正太郎はこの寺院の近くで生まれ、幼少時代を過ごしました。作品作りに際して、池波正太郎の頭には、常に待乳山聖天の思い出があったに違いありません。彼は、「大川(隅田川)の水と待乳山聖天宮は、私の心のふるさとのようなものだ」と語っていた、と碑にはあります。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 
『鬼平犯科帳』の作家、池波正太郎は、ここで生まれました

03 船宿・嶋や(今戸橋跡)

待乳山聖天から自転車で隅田川を渡る前、公園の中に今戸橋の親柱が保存されていますが、ここには船宿・嶋やがあったという設定です。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 山谷堀
川はなくなってしまいましたが、橋の跡だけが残されています

嶋やの主人は平蔵の幼友達の亀次郎で、平蔵や火盗の打ち合わせの場面で頻繁に登場します。また、山谷堀と大川の分岐点になっていることから、舟による探索の重要拠点でもあります。

また「迷路」(㉒)に登場する船頭・伊三郎の住居は、嶋やの向かいにあったという設定です。

◆山谷橋の船宿から、墨つぼの孫八を乗せた小舟が今戸橋をくぐって、いまや大川へ出ようとするとき、・・・・・・「墨つぼの孫八」⑬

◆そのまま東へ、入谷田圃を突っ切り、浅草寺の裏から山谷堀に出た。今戸橋に「嶋や」という、平蔵にはむかしなじみの船宿がある。「血闘」④

04 大川(隅田川)

大川は、『鬼平犯科帳』の中に限りなく登場します。いや、登場しない回のほうが少ないのでは(数えたわけではありませんが・・・・・)、と思えるくらいです。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 大川 隅田川
今も江戸時代も、多くの人々が集う大川

大川という名前の川は全国にあるかと思います。その町で一番大きい、一番有名な川には、この名前が付けられることが多いようです。江戸のエリアは東京よりもずっと狭かったので、ここが大川と呼ばれたのは、当然の成り行きでしょう。

ちなみに現代の隅田川は、元々は荒川です。荒川放水路が開通してから、そちらに荒川の名前を譲り、隅田川が正式名称になりました。

待乳山聖天のところでも書いたように、池波正太郎の心には、常に大川があったのだと思います。

私たちは、大川に架かる橋の中で唯一の歩行者・自転車専用橋の桜橋を渡り、墨田区へ入ります。

05 横川(大横川親水公園)

大川を渡った自転車ツアーは、東京スカイツリーの真下を通り、大横川親水公園の中を走ります。ここは現在、車が入ってこない、歩行者と自転車の専用スペースになっていますが、江戸時代はまだ水を張った堀割(運河)で、『鬼平犯科帳』にも頻繁に登場します。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 法恩寺
現在は公園になっている大横川の上を自転車で走ります

05 法恩寺と法恩寺橋

法恩寺橋は大横川親水公園に架かる橋のひとつで、このあたりから少し横にそれた所にある日蓮宗の法恩寺を自転車で訪問します。ふたつとも『鬼平犯科帳』ではよく登場しますので、鬼平巡りをする際には、ランドマークにもなるポイントです。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 法恩寺
高杉道場が近くにあった法恩寺

法恩寺の近くには、平蔵とその親友、岸井左馬之助が剣の腕を磨いた高杉道場があったという設定になっています。

◆幅二十間の本所・横川にかかる法恩寺橋をわたりきった長谷川平蔵は・・・・・「本所・桜屋敷」①

06 堅川

現在は高速道路の下で、暗渠化されてしまった部分も少なくない堅川ですが、『鬼平犯科帳』には頻出の川です。登場するポイントはたくさんあるのですが、大川との分岐点に近い場所は「竹河岸」と呼ばれていて、竹を扱う問屋が多かったようです。河岸は、残念ながら自転車で走れる道は少ないですが、所々にある橋で、鬼平の情景を感じてください。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 堅川
『鬼平犯科帳』でも多くのスポットが点在する堅川沿い

◆このあたりは、俗に「竹河岸」とよばれているのでもわかるように、竹屋が多い。「盗賊人相書き」⑥

07 長谷川平蔵・遠山金四郎屋敷跡

『鬼平犯科帳』には登場しないのですが、史実の長谷川平蔵、そして「遠山の金さん」こと遠山金四郎が住んでいた屋敷がここです。現在は歯科医院になっていて、オーナーの方が独自にこの碑を建てられたようです。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 遠山金四郎
史実の長谷川平蔵の屋敷は、清水門外ではなく、ここにあったそうです。

08 軍鶏鍋屋・五鉄

ツアーは堅川に戻ります。『鬼平犯科帳』では二之橋と表記されている二つ目橋の北詰に設定されているのが、鬼平ファンなら知らない人はいない軍鶏鍋屋・五鉄。ここへ、自転車で向かいます。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 五鉄 

五鉄の初出は「本所・桜屋敷」①で、平蔵が無頼漢だった頃の仲間・相模の彦十はとの打ち合わせシーンに使われています。

五鉄は船宿ではありませんが、堅川沿いにあることもあり、やはり舟も出してくれます。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 五鉄
五鉄のモデルとなった店は、いろいろ説があるようですが、人形町の名店「玉ひで」だという説も

09 弥勒寺(笹や)

真言宗の小さな寺院ですが、『鬼平犯科帳』では、その門前に出ている茶屋・笹やと、その女主人・お熊ばあさんの登場シーンで有名です。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 弥勒寺 お熊
あまり目立たないお寺ですが、お熊ばあさんが出てきそうな雰囲気も?

血のつながっていた母親にいじめ抜かれていた少年時代の長谷川平蔵は、家をたびたび飛び出し、深川で悪さをしては、この笹やに上がり込んでいました。平蔵が火盗長官になってからは、お熊が情報源としてたびたび活躍します。

また、「盗賊人相書き」⑥火盗から盗賊の人相書きを依頼される絵師・石田竹仙の家も、この弥勒寺の近くにあったという設定です。

◆(平蔵は)その帰り途に、いま、五間堀にかかる弥勒寺橋を南から北へわたり、弥勒寺門前へさしかかったところであった。「蛙の長助」⑩

10 小名木川(高橋、萬年橋)

大川に次ぎ、堅川、横川と同じくらいの頻度で登場するのが小名木川です。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 小名木川
江戸の物資輸送になくてはならなかった小名木川。春は、桜もきれいです

地図を見ればおわかりだと思いますが、これらの川はほぼ直線になっており、自然の川ではなく、堀割(運河)であることがわかります。

小名木川は、徳川家康の命によって掘削された水路で、大川と江戸川を結んでいます。人口が急増していた江戸では、物資、特に塩が不足しており、当方地方から船で運搬する必要に迫られていました。当時は船も航海技術も未発達で、太平洋沿岸を下ってくるのは危険。そこで、利根川~江戸川をと内陸河川を通ってくる「内川廻し」が考案され、江戸川と大川の間に設置されたのが小名木川です。

『鬼平犯科帳』の中では、小名木川を舟で行き来する場面のほか、高橋、新高橋、萬年橋なども登場しますので、これらの橋を自転車で訪問していきます。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 小名木川 萬年橋 万年橋
蕎麦屋など、物語に登場するお店も多く点在していた萬年橋周辺

◆平蔵、忠吾を乗せた舟を弁吉が力漕し、小名木川から深川へ入り、新高橋をくぐってすぐに右へ、・・・・・「泥亀」⑨

◆これを、小名木川に架かる高橋のたもとから見送った編笠姿の長谷川平蔵が・・・・・「二人女房」⑫

11 深川江戸資料館、霊厳寺

江戸時代の深川の街並みを再現したジオラマを歩ける博物館です。ボランティアのガイドがいろいろと説明してくれますので、興味のあるコーナーに立ち寄ってみたらよいでしょう。川辺を再現した展示もあるので、『鬼平犯科帳』の世界に浸れるかもしれません。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 深川
鬼平が乗っていたのは、こんな舟でしょうか?

資料館のすぐ横にある霊厳寺は、「二人女房」⑫に登場するお寺で、江戸六地蔵のひとつが境内で見られます。

昼食は、各自周辺でとられて結構ですが、ご飯の上にどっさりとあさりを乗せた「深川めし」はいかがでしょうか。

深川には数件の深川めしの店があります。ツアーでは、ご参加者様とご相談のうえ、店を決める予定です

13 仙台堀川

現在の清澄公園のとなりに仙台藩の深川蔵屋敷があり、この堀を利用して仙台から送られた米などを運び入れたことから、仙台堀と呼ばれるようになりました。

鬼平犯科帳 長谷川平蔵 火付盗賊改方 池波正太郎 時代劇 仙台堀川
『鬼平犯科帳』では、いろいろな事件の舞台となる仙台堀川

『鬼平犯科帳』でも頻出の掘割で、「盗賊人相書き」⑥などに登場する火盗の協力者、御用聞き・仙台堀の政七の家(現在は排水場)や、「密通」④で、その名の通り密会場所に使われた船宿・一文屋があった設定の亀久橋などがあります。

◆「これは大川に出るにちがいない。粂八。仙台堀にまわしておいた舟を、すぐに万年橋たもとの御船蔵のあたりにまわしておけ」・・・・・・「搔堀のおけい」⑦

14 清澄庭園

現在は都立の公園ですが、江戸時代には、大名屋敷の庭園だったそうです。

ツアーは、この庭園の前で解散となり、希望者は園内をご自由に見学して下さい。

(①②・・・・・は『鬼平犯科帳』文春文庫版の収蔵巻です)

●スケジュール

9:30ホテル「都電屋」に集合。用意が整い次第、出発。

・都電屋 https://www.tramhotel.com/

都電荒川線「さくらトラム」三ノ輪橋駅のすぐ前です
10:30待乳山聖天
11:00桜橋(隅田川)
11:30大横川親水公園(法恩寺など)
12:30堅川(軍鶏鍋や・五鉄など)
13:00深川散策(深川江戸資料館など)&昼食(各自負担)
14:00小名木川(高橋など)
14:30清澄庭園(自由散策)※庭園に入場されない方は、ここで解散。自転車は、ここで回収いたします。
ルート地図はこちらをご覧ください。

●料金:7,000円(お1人)

●料金に含まれるもの:レンタサイクル、水ペットボトル1本、深川江戸資料館の入場料

●料金に含まれないもの:昼食代、清澄庭園の入場料(ご希望者のみ)、そのほかの個人でのお買い物など

●定員:4名

●ご注意事項

・ツアーの運営に際し、弊社は安全に対して細心の注意をもって当たります。万が一事故などがあった場合、弊社は応急手当、病院の手配などを行いますが、当方に責がない場合、その責任を負うものではございません。

・新型コロナウィルスCOVID-19の拡大状況によっては、立ち寄り先などを変更することがございます。また、ご参加者におかれましても、マスクの着用、ソーシャルディスタンスの確保など、感染拡大防止にご注意されますよう、お願い申し上げます。